PADIプロメンバーの皆さまへアンダーシージャーナル2022 Q2トピックスの掲載をしています。ピックアップには #USJ2022Q2 とタグ付けします。今後読み直す際には、検索欄にこのハッシュタグ(#USJ2022Q2)を入力し検索してください。

 

PADIファミリー

2022年3月、3名のPADIジャパン・PROメンバーが、PADI W.Wよりアチーブメント・アワードを授与されました。

・岡田さん(MAX DIVE)

・澤谷さん(Diver House Sea Doragon)

・徳増さん(三陸ダイビングセンター)

日本におけるスクーバ・ダイビング業界とPADI®を強く牽引していただきました功績に感謝し、長きにわたるご活躍を祝して、「おめでとうございます」を、申し上げます。

PADI Dive Center Max Diving(S – 5503)のオーナー、PADI IDC Staff Instructorの岡田誠氏(IDCS – 800036)が、PADIメンバー歴50年のPADI Lifetime Achievement Awardを受賞されました。岡田さんは、日本のスクーバ・ダイビング業界のパイオニアとして、夏はスクーバ・ダイビング、冬はスキーのオールシーズンアウトドアスポーツショップとして、名古屋の商業地区の中心で、コーヒーショップとの複合施設でビジネスをスタートさせたそうです。「60年前は、夏はスクーバ・ダイビング、冬はスキーを楽しんでいましたが、スクーバ・ダイビングを教えることを仕事にして、PADIファミリーの一員になりました」と、ダイビング・インストラクターにならない可能性はありませんでした。「結果、私は生涯ダイビング・インストラクターです。」 多くのダイビングショップが困難に直面されている中、彼はお客様が気軽に来店し、ダイビングを学べるような雰囲気づくりで成功しました。「PADIというブランドがお客様から信頼されているので、講習の質も高く保てるよう努力しました」と語られました。

 

英語が堪能な岡田さんは、海外のダイビングサービスとの密なコミュニケーションで知られ、世界旅行が容易でなかった時代に、海外ダイビングツアーに積極的に参加されていたことでも知られています。ダイビング旅行のノウハウに加え、海外に持ち込むダイビング器材の小型・軽量化収納の考案にも貢献されました。いつも笑顔を絶やさない岡田さんは、コーヒーを飲みながらダイビングの歴史を語ってくれます。

49年メンバーであるPADI Master Instructorの澤谷信泰氏(MI – 800097)もPADI Lifetime Achievement Awardを受賞され、49年のメンバー歴は北海道在住の現役PADI Master Instructorとしては最長となります。彼は故郷の自然に魅了され、何十年にもわたって陸上と水中の写真を撮り続けています。「世界一安全なスクーバ・ダイビングのカリキュラムでトレーニングを受けたお客様が、安全に楽しく水中世界を探検でき、北海道、沖縄、そして世界の海での発見と楽しさを共有できるPADIのメンバーであることを誇りに思います。」と語られています。「それは、私が誇りに思うライフワークです。」

 

澤谷さんは、PADIジャパンの前身であるダイビング・インストラクター協会(SSK)の代表で、当時数少ないスクーバ・ダイビング・インストラクターだったPADI Dive Center Tokyo Divers(S – 5501)のPADI Master Instructor椎名克己氏(MI – 800027)に師事されていました。澤谷さんは1974年にPADI Open Water Scuba Instructorの資格を取得し、その後ダイバーの安全教育に力を注ぎ、北海道の厳しい環境下で多くのダイバーを育成されてきました。安全にダイビングを続けるためには、ダイバーが自立できるような教育が必要だと考えているそうです。

 

澤谷さんは少林寺拳法の指導者として活躍する一方、水中写真家としても知られています。NHK総合テレビの北海道の水中自然探訪番組で水中撮影を担当し、写真集を出版、写真展も多数開催されています。現在も多くの水中写真家が澤谷さんに学び、一緒に仕事をされているそうです。

 

 

PADI特別感謝賞

PADI Master Scuba Diver™ Trainerの徳増良平氏(MSDT – 800006)が、PADI International Japanの創立株主の一人として、PADIメンバーシップを授与されました。徳増さんは、宮城県石巻市を拠点に、ダイビングサービスやスクーバ・ダイビング講習を行う会社の経営から、大学のスクーバ・ダイビング部の指導、エアフィル、消防・警察ダイバーの講習、海洋調査業務全般など、地元でダイビング講習に関わるあらゆることに携わられています。「1978年にPADIメンバーになり、世界中に友人ができ、老若男女、生徒や先生など様々な方と交流することができました 」と語られます。「また、スクーバ・ダイビングを始めた頃、同じく70歳を超える長年の友人、秋田県出身のプロカメラマン中村征夫氏に出会いました。今でも一緒にスクーバ・ダイビングを楽しんでいますが、これも私の人生の中で貴重な出会いの一つです。」

 

2011年の東日本大震災では、徳増さんの店舗は津波で大きな被害を受けてしまいました。震災直後、近隣地域の復興を決意して新店舗PADI Dive Center Sanriku Diving Center(S – 5528)を立ち上げ、復興に大きく貢献されました。ボランティア・ダイバーとして、約250体のご遺体を捜索・収容されました。「暗い瓦礫の海底でなかなか見つからず、真っ黒なヘドロをかき分けてしか発見できないこともあった 」と話されます。「遺体の多くはバラバラになっていた。両手で拾って、”遅くなってごめんね “と小声で言ってから海上に上がりました」。徳増さんは、いろいろなことを経験しながらも、情熱を持ってスクーバダイビング教育に携わられるなど、現在もご健在です。

 


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